「不可能が無い神に」
2023年10月1日主日礼拝説教梗概
ルカの福音書18章18~27節
説教:安藤友祥主任牧師
エルサレムでの受難のために旅を進めるイエス様。そのイエス様の前にある指導者が現れ、質問をしました。彼はイエス様から新しい視点、教えを受けられると思ったのかもしれません。けれどもイエス様は彼がすでに知っている戒めを伝えました。彼はイエス様に答えます。それらはすべて守っていると。彼は律法を守って生きている自負がありました。けれども、イエス様は彼が律法を守って生きることが出来ていないことを指摘するために、神様に従っているようで従えていないことを示すために、彼にチャレンジを与えました。持っている財産を売り払い、貧しい人に施しなさい。彼はこの言葉を受け入れることが出来ませんでした。律法に従って生きているようで、隣人を愛する愛が無いことを示され、そして、神様に従う事以上に、持っている財産を選んでしまったのです。
イエス様は言いました。財産を手放し貧しい人に施すことは天に宝を積むことになると。何もなくなるのではなく、天に宝を積むことになる。彼は神様への信頼が弱かったと言えます。手放して終わり、明け渡して終わり。手放した後に神様が下さる物への期待が無かったのかもしれません。また彼は神様以上に財産を信頼していたと言えます。財産を手放すと自分は幸せになれない。言い換えるならば神様以上に財産が自分を守り、自分を幸せにしてくれると勘違いしていたのです。私たちも彼にとっての財産のように「これが私を幸せにしてくれる。手放したら幸せじゃなくなる」と思うものがあるかもしれません。そしてそれが偶像礼拝につながるのです。神様以上に自分の中に価値を見出すものがあってはならないのです。
彼は自分の力や努力、行動で永遠の命を受けられると考えていました。イエス様は彼の様子を見て、金持ちが神の国に入るのは不可能だと教えられます。直前、ルカは彼と対照的な子どもたちの出来事を語ります。子どもたちは、ただ連れて来られ、与えられる祝福を受け取っている姿です。救い、永遠の命、神の国は神様からの恵みによって与えられるものを、神様を信頼してただ受け取ることが大切です。人間には出来ないこと。それを可能にするためにイエス様は来られました。神様に不可能はないという言葉に私たちは全幅の信頼を持ちたいのです。
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