「ダビデとアビガイル」

2021年9月12日礼拝説教梗概

聖書:Ⅰサムエル記25章14~35節

説教:安藤啓子牧師

今日の箇所では、ダビデに不意打ちを喰う様に理不尽なことが起こり、主に在る道を踏み外しそうになります。このダビデが失敗しそうになるところを、アビガイルによって守られました。このダビデとアビガイルの出来事は、神様が私たちの霊的な視野を広げ、信仰の養いに大きな助けとする為に与えられたものと導かれました。ダビデにとって逃亡生活の中、アビガイルとの出会いは、慰めであり、罪を犯すことをとどめられた、神様の憐れみを知る恵みの出来事だった事でしょう。その恵みはダビデだけではなく私たちにも及びます。私たちも日常生活の中で、不意打ちを喰う様に理不尽なことが起こり、主に在る道を踏み外しそうになるという、誘惑に陥り易い弱さがあります。そのようなとき、思い出してほしいのです。神様は、主に在る道を踏み外しそうになったダビデを助け守って下さったように、神様は同様な恵みをもって私たちをも守って下さるということを。また、私たちはしばしば、自分の品格を試されます。自分の生活や、思いにおけるあらゆる面で、キリストの御霊を受けているのか否かを試されることがあります。だからこそ、主は常に共にいて下さり守って下さるのです。また、ダビデにとって、霊的な視点で物事を捉え、神様の御思いを選び取って実行できるようにとアビガイルが援助してくれたように、私たちには聖霊の神様が、聖書を通して語りかけ一人一人の信仰の歩みを確かなものとして助け、導いてくださいます。私達の存在が、誰かの助けとして用いられることもあるでしょう。私たち土の器を、信仰の共同体を、主のご計画の成就のためにいつでも差し出せるように聖霊で満たしていただきましょう。主は一方的に求めるだけではなく応じられるように、力ある主がそこに、共に立ってくださいます。主と共に歩み続けることを願い、祈り求める者にとって、これはなんという幸いなことでしょう。

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