「主に依り頼む」

2022年5月22日礼拝説教梗概

聖書:箴言3章3~8節

説教:安藤啓子牧師

 

 今日取り上げた箴言は、知恵ということばを一つのキーワードにしていて、神様の導きを求めるように教えています。本日は特に3章4節から7節を通して、「神様が如何に私の歩みを導いてくださったか」を、振り返らせていただきます。
 4節から人を愛する時には、自分を愛するように愛しなさいと教えられるのですが。以前、自己肯定感が低く、自分を正しく愛することが出来なかった私は恐れが先に立ち、神様との関係が損なわれることが多々ありました。でも主は、自分が自分を愛せなくても、わたしはあなたを愛していると。この時、神様の深いご愛が、私の魂の奥にまで届き、そのご愛の中で傷んだ心が回復したとき、受け入れられなかった自分と和解することができ、隣人をも愛する恵みに与りました。
 5~6節は、主の祝福に満ちたことばです。私達の行くどの道でも主を認め、日々の営みの中で主に感謝することで、主を知る生き方ができます。そうすれば神様が私達の人生を導き守って下さるというのです。
 7節、自分を知恵のある者と思い込んで傲慢になることなく、むしろ主を恐れて謙虚になるよう勧めています。人は長く生きていると自分のやり方が、自分の正義が一番正しいとの思い込みが強くなります。このような兆しが見えた時、主に自制の愛の力を頂いて、治めて頂きましょう。助けとなってくださいます。
 主に拠り頼む者の幸いは、神様のおことばは、信じる者には大きな力となり、主が語られたことは必ず実現すると信じ続けられること。信仰が与えられ50年経った今、更に神様への信頼は強められ、神様の愛のうちにとどまり続けて生かされていることです。
 私達の信じている神様は今も生きておられます。日々愛と力をもって傍にいて守り、励まして下さる。
 そして神様の語られたことばに、不可能なことは何もありません。信じる者は救われ、力を受けて立ち上がれます。

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setachu
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