「神の選んだ子」
2024年8月11日主日礼拝説教梗概
ルカの福音書 9章28~36節
説教:安藤友祥主任牧師
山に祈るため登られるイエス様。そしてその祈りの最中に驚く出来事が起こりました。イエス様の栄光があらわされるのです。そしてイエス様と共にこれからイエス様がエルサレムで迎える「最期」について語らうモーセとエリヤが現れます。「最期」と翻訳されている単語は、旧約聖書の「出エジプト」とも翻訳される単語です。最初の出エジプトは、モーセがイスラエルの民をエジプトの奴隷状態から脱出させ、約束の地へと導いた出来事。新しい出エジプトでは、イエス様はすべての神の民を、罪と死の奴隷状態から導き出し、約束の救い、全世界が贖われる新しい創造へと導かれます。そのためには、イエス様は苦しみを受け捨てられ殺され、そしてよみがえらなければなりません。
この光景を目撃したペテロは3人の幕屋を作るという提案をします。けれどもそれは望まれない提案でした。ペテロは3人をここに引き止めたい思いがありました。ただそれは、これからエルサレムに行って最期を迎えるイエス様の計画をとどめる提案であり、さらに、イエス様とモーセ、エリヤを同列に見ているかのような提案でもありました。その時、雲が包み神様の声がします。イエス様は、神様が選んだ子であると。そして「彼の言う事を聞け」と。
ペテロは、イエス様は「神のキリスト」であると告白出来ました。ただ彼はそれがどのような役割なのかを知っておらず、イエス様の事を正しく認識出来ていたとは言えません。そしてイエス様の受難の予告があったにもかかわらず、幕屋を作って引き留めようとまでしてしまっている。彼は聞いて、知って、わかっているはずなのですが、本当の意味では分かっていない。わかっても受け入れる事が出来ず、自分の思いを前面に出してしまう。そんなペテロが今回、神様から直接教えられる。では、このペテロ、この出来事を境に、イエス様の言う事に素直に聞き従うのか?と思えば、そうではないことも見えてきます。神様の声を直接聞き、教えられてなお、そのように生きることが出来ない。ある種の衝撃を覚えます。と同時に、それが人間の持つ弱さ、罪を教えます。
今一度、イエス様が語られる言葉を、聞き直し、受け止め直すきっかけとしたいのです。イエス様の、神様のおっしゃることは全て成就する。実現するという事の意味を考え、受け止めたいのです。
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