「神をほめたたえる」

2021年5月2日礼拝説教梗概

聖書:エペソ人への手紙1章3~14節

説教:安藤友祥主任牧師

パウロが、真っ先に書いた事。それは神様への讃美でした。パウロは教会の営みが、信仰生活が、神様をほめたたえる事から始まると意識していました。パウロはここで、神様がなさった御業に目を向け、その事を通して、父なる神様をほめたたえています。
>私たちが神様から受けている全てのものを、パウロは天上にある霊的祝福と考えていました。そして、その祝福は、神様がキリストにあって与えて下さったという事です。イエス様がいたから、神様から人々への全ての祝福は実現し、受け取る事が出来るようになったと言っています。
>神様が下さる祝福、それは、世界の始まる前から、キリストを通して私たちを選び、御前に聖なる、傷の無い者にしようとされたということです。
>創造の出来事の前から、私たちの救いの出来事は入れられていたということです。神様には、明確なご計画があるという事を知り、そして私たちの救い、選びも神様の計画だと知る時に、私たちが、その神様の計画に組み入れられているということに気づかされます。神様の主権に目を向け、神様の計画という大きな視点で自分自身を見つめ直す。神様の計画によって救われた者として、神様の計画に従う事。神様の永遠の計画に信仰と意志を持って従う事が求められます。
>神様の前に傷の無い者、神様の前に罪を犯したことが無い者。この言葉は、私たちは神様の前に傷だらけのものであると再確認させられます。
>パウロは私たちを責めるために、この手紙を書いたのでしょうか?最初に確認したように神様をほめたたえるために書いたのです。では、どのようにしてパウロは神様への讃美に導かれたのでしょうか。この讃美の箇所での最も重要な言葉に目を向ける必要があります。「キリストにあって」です。キリストに目を向ける時に賛美が生まれます。
>神様は創造の前に計画された時。全知全能のゆえに人間の堕落、罪を犯すという事も想定されていたはずです。神様は、私たちが堕落する事も罪を犯す事も分かった上で、キリストにあって、私たちを神様の前に傷の無い、聖いものにしようとしてくださったのです。ここに神様の愛が、恵みが示され、溢れています。この出来事が、恵みが天上にある霊的な祝福の一つです。この事実に、私たちは神様をほめたたえずにはいられないのです。