「あなたはわたしを愛しますか」

2024年7月7日主日礼拝説教梗概

ヨハネの福音書 21章1~17節

説教:安藤友祥主任牧師

 

 ヨハネの福音書21章の舞台は20章までのエルサレムからティベリア湖畔、ガリラヤ地方に移ります。そこでイエス様は弟子たちに現れてくださいました。

 ペテロやトマスを含む7人の弟子たちは突如、漁へと向かいます。一晩中の漁でしたが魚は一匹も獲れない。そのような夜を彼らは過ごしました。夜が明け始めるころ、岸辺に立たれるイエス様。弟子たちに魚が捕れなかったことを確認します。そして船の右側に網を打つように伝えられる。弟子たちは岸辺にいるのが誰かわかりませんが、その声に聞き従うときに引き上げることが出来ないほどの大きな魚が大量に捕れました。愛された弟子はこの体験から気づきペテロに「主だ」と伝える。ペテロは思わず岸に向かって飛び込みます。イエス様が居ない夜には何も捕れなかった。ただイエス様がそこにいて、イエス様の声に従うときに大きな収穫を体験した弟子たち。イエス様に繋がっていなくては何も出来ないことを教えています。(ヨハネ15:5)

 岸辺につくとイエス様は炭火を起こし、パンと魚を焼いて待っていました。弟子たちの朝食を整えるイエス様。イエス様との食事の交わりの後、イエス様はペテロに語り掛けます。「あなたは、この人たちが愛する以上に、わたしを愛していますか」。以前のペテロは自負心からも「はい!この人の誰よりもあなたを愛しています」と答えられたはず。けれども、イエス様を三度も知らないと言ってしまった経験を持つペテロ。誰かと比べて答えられず、「私があなたを愛していることは、あなたがご存じです」とイエス様に根拠を置いた答え方をします。同じやりとりが三度繰り返され心を痛めるペテロ。三度知らないと言ったから、三度「愛していますか」と問われる。イエス様のペテロのための回復の働きかけです。そこには痛みがありました。イエス様は無かったことにするのではなく向き合わせるという回復方法を選ばれる時もあるのです。そして同時に新しい働きを与えるというペテロの立場の回復もここにはありました。イエス様がペテロに問われたのは、イエス様への熱意、情熱、ペテロの技術、能力ではなく、イエス様を愛していますか?と言うイエス様への愛でした。私たちもイエス様の働きに関わる時にまず問われるのはイエス様への愛です。そしてそこが土台であり、すべてです。