「神に倣って生きる」

2022年1月9日主日礼拝説教梗概

聖書:エペソ人への手紙4章25節~5章2節

説教:安藤友祥主任牧師

 パウロは、非常に具体的、実際的な生き方、行いについて触れています。やってはいけないこと、避けるべき事を伝えるだけではなく、さらにそれらをする代わりに、どのように生きるのか?という積極的な側面、能動的な側面を私たちに伝えます。 パウロは私たちが悪を捨て去る事、悪から離れる事、悪意が生み出す一切の事をやめるようにと教えます。古い人の生き方同様に、それらの影響を受けた生き方を、救われてなお、私たちはしてしまう。悪魔に機会を与えてしまっているのです。悪意を捨て去る。悪に従う生き方ではなく、私たちがすべきは「互いに親切にする事。優しい心で赦し合う事。」最もシンプルでありながら、最も難しい事をここで書いています。 私たちは赦すことの難しさを知っています。赦せないと思ってしまう体験を多く持っています。赦す事の難しさを知っているがゆえに、神様が、イエス様がして赦してくださった事の凄さ、大きさ、何よりも愛を感じます。 5章に入り、パウロは言います「愛されている子どもらしく。」と神様の愛の再確認です。神様の子どもにすでにされているのだから、神様に倣うものになりなさい。なぜ優しくするのか?なぜ親切にするのか?なぜ赦すのか?それは神様がそのような方だからです。神様が優しい方であり、愛の方であるから私たちは赦され、救われているのです。神様が優しく、親切な神様であるからこそ、私たちは神様を信頼して歩みを進めて行けるのです。 積極的に神様に倣うものとして、その実践を生きていく事が出来る者に私たちは変えられています。罪を犯さない生き方どころではなく、その代わりに愛の実践を行っていく。創造者である神様に従う、創造的な生き方が用意されています。私たちのその積極的に神のかたちとして生きる生き方を、その人間関係を周りの方々が見て、「きっとイエス様はこのように生きられたのだと」個人個人だけではなく、共同体を見て知る。そのような生き方をするために、私たちは救われ、変えられています。