「召しに応えて」

2021年10月10日礼拝説教梗概

聖書:エペソ人への手紙4章1~6節

説教:安藤友祥主任牧師

すでに与えられている召しを確認し、その召しに応え続ける、ふさわしく歩みなさいとパウロは書きます。ここで挙げている具体的な項目。これが実現すると麗しいと誰もが思います。けれども、その当たり前、普遍的だと思うような事柄を、パウロは神様からの力を受けて、愛に根差して実践する最優先事項として、緊急性のある事としてこれらの事を書き送っているのです。ここで挙げられている項目は、確かに素晴らしいもの、美徳ともされる内容です。けれども、このように生きる事と、自分を愛して生きることは時として相反したものになってしまいます。自分を大切にしようとすればするほど、これらの生き方からかけ離れてしまう恐れがあるものです。そして挙げられている要素は、聖書で明らかにされている神様、イエス様の性質、生き方と同じです。謙遜に始まり、パウロは私たちに他者に対する関わりに関することを上げていきます。この項目に書かれている事は、人間が一人で完結する事ではなく、誰かとの関わりの中で働かせるべき事柄です。ここで目を向けるべき表現は「御霊による一致を熱心に保ちなさい」という言葉です。一致しなさいではなく、一致を保ちなさい。私たちが出来ることは一致を作る事、生み出す事、一致する事ではなく、一致を保つことです。すでにキリストにあって私たちは一つとされている。その神様から与えられている一致を、我々は保って行かなくてはいけない。そのためには熱心に、意識して、努力しなくてはいけないとパウロは書いているのです。イエス様の十字架で流された血というこれ以上ない犠牲によって神様は教会を創造されました。この犠牲を通して実現された一致を保つこと、維持する事は救われた者、召された者の義務です。一致を維持するためには何もしなくてよいというのではないのです。熱心にそれを求め、維持のために出来ることをしていかなくてはいけない。この御霊による一致を保つために必要な事が、謙遜、柔和、寛容、愛、忍耐、平和の絆です。これらは意識しなくては出来ません。努力しなくては出来ません。だから私たちは神様に祈り求めるのです。一致のための力を、愛を、動機を。