「二つの知恵」

2023年4月30日礼拝説教梗概

聖書:ヤコブの手紙 3章1~18節

説教:安藤啓子牧師

 ヤコブは多くの者が教師になってはいけないと忠告します。そのわけは教師という職業が重要であるため、より厳しい監視の目が向けられ、忠実にその務めを果たすことができなければ、それに応じて罰が与えられるからです。それだけではなく、人間は、ことばでも多くの過ちを犯しやすいからです。

 ヤコブは馬と船の例えから、くつわや舵は小さな物ですが全体を制御する力となる事を教え、人は舌という非常に小さい器官を制御できず、傲慢さから生まれる悪い自慢をすると言います。

9節以下のことばを、私たちはどう聞けばよいのでしょうか?同じ人間から悪いものも良いものも出ているならば、それは不自然な状態です。むしろ、良いものを出すために救われているのが、教会の人達のはずです。人間が神様の似姿として創造されたことを知っているのに、その人間を呪う言葉、裁く言葉を話し、同じ口から賛美と呪いが出る。そのような事を厳しく戒めます。

 そして3章終わりで、知恵について語ります。知恵については1章5節で「知恵の欠けている人がいるなら、その人は、誰にでも惜しみなく、咎めることなく与えてくださる神様に求めなさい。そうすれば与えられます」と語っています。しかし、どれだけ多くの人が神様に知恵を求めたでしょうか?求めていないから不完全な者のままでいるということではないでしょうか。ですから14節にありますように、「もしあなたがたの心の中に、苦々しい妬みや利己的な思いがあるなら、自慢したり、真理に逆らって偽ったりするのはやめなさい」と忠告するのです。

 そして改めて上からの知恵について教えています。「しかし、上からの知恵は、まず第一に清いものです。それから平和で、優しく、協調性があり、あわれみとよい実に満ち、偏見がなく、偽善もありません。」と教えています。キリストを信じて罪が赦され、聖霊によって新しく生まれ変われた恵みに与れている私たち。ことばには力があります。神様から私たちが求められているのは、神様のみこころにかなったことばを語り、それを実践することです。愛を持って赦し合い、互いに尊敬をもって歩み、平和を造る人になりましょう。

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setachu
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